注射が苦手だ。

健康診断で採血のかわりにバリウムをもう一回飲めといわれたら、迷わずうなづくだろうほどに苦手だ。採血や注射が終わると、針のささっていた腕の先の掌は、いつもじっとりと汗ばんでいる。

というと、いわゆるヘタな看護士に当たったのではないかと思われるかもしれないが、血管がなかなか探し当てられずに皮膚の下を刺し込んだ針で探られて痛い思いをするとか、刺した針の勢いがありすぎて血管を破られる、点滴の針の先が血管ではなく筋肉に刺さっていていつまでも体内が解毒されない、などという目には、ただの一度も遭ったことがない。むしろ、血管が探しにくいわたしの腕から、よくぞみなさんいつも手際よく刺すべき管を見つけ出すものだとさえ思う。

それにしても、この注射に対するわたしの恐怖はどこから来ているのだろう。ほかに物理的なもので怖いのは、テーブルの、落ちそうなくらいはじっこにある液体の入ったグラスだとか、狭い空間などであって、どれもお互いに恐怖を感じる関連性が探り出せない。強迫性障害的、というおおまかなくくりが考えられるだけだ。

が、しかし、注射、いや注射針に関しては、幼いころ読んだとあるマンガがもしかすると影響しているのかもしれない。そのマンガでは、うっかり血管内に針が入ってしまい、通常であればそれは血流に乗って心臓に達し、そこに傷をつけ、それによって死がもたらされるであろうと予想されたものの、なぜか針は心臓に達っする前もあともどこも傷つけずに、針が入った同じ傷口から排出されるのである。

しかし、それはマンガである。そういうことは通常起こりえないからこそマンガの題材となりうるのであって、採血の際に、なにか不可抗力が、たとえば看護士が突然の心不全で意識を失い、わたしの血管に注射針を刺したまま前のめりに倒れる、とか、点滴の最中に大地震が起こり、横揺れで飛んできたなにかが点滴針に当たる、などということがあれば、針は血管や皮膚を突き破り、無駄に酸素を体内に招き入れなどして、かならずやわたしに死をもたらすであろう。そういう恐ろしい妄想が、注射や採血や点滴の際に、わたしの脳裏には切れ切れに思い浮かぶのである。

そして、その妄想を絶つことは、なかなかできない。もはや、恐怖の注射針という実体が問題なのではなく、注射針への恐怖という実体のないものが問題なのだ。

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