飼いならす

2006年11月19日
「あんたが、おれを飼いならすと、おれたちは、もう、おたがいに、はなれちゃいられなくなるよ。あんたは、おれにとって、この世でたったひとりのひとになるし、おれは、あんたにとって、かけがえのないものになるんだよ……」


彼と私の生活は、一見、私が彼を調教し、道具として使っているように思える。けれど、実際に調教されているのは、どちらなのだろう。

彼は、仕事の資料や着替えを取りに、あるいは出張の準備で、ときどき自分の部屋に帰る。これまではそれが、すこしつまらない、ちょっとさみしい、くらいにしか思っていなかったのだが、今日は、自分でもびっくりすることに、「一緒に帰れなくてつまらない。」と言ったとたん、涙がほとばしり出てしまった。

ぐすぐす言いながら、「涙は伝染するのだろうか。」などと考えながら、ひとりでうちに帰る。自分でも、ここまで彼の重要度が自分の中で高まっているとは思っていなかった。数日前に、酔った彼が、私への気持ちを話しながら泣いたのを目の当たりにしたせいだろうか。


こないだの夜、彼は言った。


「ぼくがこれから話すことを聞いたら、あなたはぼくを、嫌いになるかもしれない。」


その時点で、彼の目は真っ赤で、話すうちに涙が落ちる。


「あなたを毎日、マッサージしていて、ぼくがあなたのお手入れをするのは、あなたが気分よくなるのが、自分がうれしいからで… なんていうか、ぼくが自転車を手入れして、快適に動いてうれしい、というような。」


眉をゆがませながら、彼は搾り出すように、続ける。


「それに、ぼくにとってあなたが、綺麗で素敵なひとであるというブランドになっているんです。それって、ぼくが女性にいちばんしたくないと思っている、女性の物質化なんですよね。ごめんなさい、いやになったでしょう?。」

−どうして? だって、誰かを誰かと区別するのに、ラベル貼りは必要でしょう?

「…違うんです。うまく、言えない。」


そういって、また、彼は、はらはらと涙を落とす。


−なるほど、じゃあ、あなたは私がそのメンテナンスの範疇に収まってると思ってるわけ?

「…あ。…それは、頭でわかっても、からだでわかってなかったかもしれません。」

−そうでしょ? ひとりで考えてるだけだと、そうなるのよ。

「よかった。ここ数日、そのことを考えてたんだけど、でも、ちゃんと話せて、よかった。」


それから、まだ涙のあとの残る顔で、言う。


「あなたが、大切なんです。ずっと、ほかの人とつきあってるときも、あなたのことは、大切でした。もし、別れることになって友だちに戻っても、あなたは、ぼくの大切な人。」

−…私は、いまさら友だちには戻れないわ。

「…オール・オア・ナッシングっていうことですね(苦笑)。わかりました。」


それから、私を抱き締めていた手を緩め、顔を覗き込んで、こんなことも言う。


「あなたが、世界でいちばん、大切です。ぼくのあなたへのこの気持ちは、愛している、っていうことなのかもしれない。でも、愛しているっていう言葉と感覚に自信が、持てない。だから、愛している、とはまだ言えません。でも、好きです、大好き。」


あの夜、そんなふうに、甘い言葉の集中砲火を浴びたせいで、私のどこかに穴が空いて、そこから涙が漏れているのかもしれない。

彼のいない部屋で、泣いたせいで出てきた洟をかみながら、思った。

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